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「乳幼児期の親との食具共有は問題か?」アレルギー予防の観点からの最新知見

以前は、乳幼児期の親との食具共有は虫歯の原因菌の伝播、感染の成立の観点から問題視することがありました。2023年4月の和歌山県立医大の久保良美博士研究員(皮膚科学講座)らによる研究1)では、「乳児期の食器共用による唾液接触が学齢期の湿疹(アトピー性皮膚炎)の発症リスクの低下と有意に関連していた。また、乳児期の親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液接触は、学齢期の湿疹(アトピー性皮膚炎)とアレルギー性鼻炎の発症リスクの低下と有意に関連していた。」ことを大規模調査から明らかにしました。

久保らの研究の概要は、以下の通り(和歌山県立医大ホームページ転載

近年、小児のアレルギー疾患が増加し、その予防対策が急務となっています。2013年に発表されたHesselmarらのスウェーデンにおける出生コホート研究は、乳児期の親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した親から子への口腔内細菌の移行が乳児の免疫系を刺激し、乳幼児期の効果的なアレルギー予防につながる可能性を示唆しました。しかし、学齢期におけるアレルギー発症とその関連性を調べた研究はほとんどありませんでした。

今回、我々は、アジアで初めて、日本人の学齢期の子供とその親を対象として、石川県と栃木県で大規模な疫学調査を実施し、乳児期の食器の共有や親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液接触と、小中学生の湿疹(アトピー性皮膚炎)、アレルギー性鼻炎、喘息の発症リスクとの関連を分析しました。

その結果、乳児期の食器共有による唾液接触は、学齢期の湿疹(アトピー性皮膚炎)の発症リスクの低下と有意に関連していたことがわかりました。また、親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液接触は、学齢期の湿疹(アトピー性皮膚炎)とアレルギー性鼻炎の発症リスクの低下と有意に関連していました。さらに、学齢期の喘息について、親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液接触は、今回はっきりとした有意差は出なかったものの、「発症リスク低下の可能性」について推測できました。

これらのアレルギー発症リスク低減のメカニズムを明らかにし、それらの知見を小児の湿疹(アトピー性皮膚炎)やアレルギー性鼻炎、喘息の発症予防に役立てるために、さらなる研究が必要であると考えています。

  1. 背景
     生活の質に大きな影響を与え、社会に負担を強いている湿疹(アトピー性皮膚炎)、アレルギー性鼻炎、食物アレルギー、喘息などのアレルギー性疾患は、近年、先進国を中心に世界的に増加しています。アレルギー性疾患増加の原因として、先進国のような清潔な環境下において感染症の発生率が低下したことにより、アレルギー性疾患の発生率が増加したとする衛生仮説が提唱され、その後、常在菌や共生菌(腸内細菌叢)と免疫の発達との関連性について研究が進められています。
     いわゆる、アレルゲン耐性の発達は、腸内細菌叢の多様性、乳幼児期の微生物による免疫刺激、出生時の母親からの微生物獲得など、いくつかの要因に依存すると考えられ、乳幼児期の微生物刺激が不十分であると、皮膚などのバリア組織が過敏になり、2型免疫反応(アレルギー性疾患)が亢進する可能性があります。
     口腔は消化管に次いで豊富な微生物叢を有しており、動物およびヒトの研究から、口腔内の微生物が腸に移動し、腸内細菌叢を変化させ、おそらくそのために免疫防御を変化させることが示唆されています。
     2018年にDzidicらは、口腔内細菌叢の組成の初期の変化が免疫の成熟とアレルギーの発症に影響を与えることを報告しました。2013年のスウェーデンにおけるHesselmarらの出生コホート研究では、親の唾液で洗浄したおしゃぶりの使用により生後18ヶ月の湿疹や喘息発症リスクと生後36ヶ月の湿疹発症リスクが有意に低下したと報告されました。そして、その理由として、親の唾液から乳児に移行した口腔微生物による免疫刺激が関与している可能性が示唆されています。2015年の久保,吉澤の研究においても、乳児期に噛み与え(食物を噛んで柔らかくして与えること)を行うことで、学童期のアレルギー発症リスク、特に湿疹の発症リスクが低下する可能性が示唆され、養育者から乳児への口腔内微生物の移行による免疫刺激が関与する可能性が推測されました。
     そこで今回、我々は、乳児期(生後12ヶ月未満)の唾液接触が、日本人の子どものアレルギー発症リスクを低下させるという仮説を立て、その仮説を検証するために、日本の小中学生とその親を対象に、国際小児喘息・アレルギー研究(International Study of Asthma and Allergies in Childhood: ISAAC)の質問を含む91の自記式質問を用いた横断的デザインによる疫学調査を実施し、多施設共同研究を行いました。
  2. 研究手法
     地域的な偏りを減らすために、石川県と栃木県の2県において調査を実施しました。小学校1年生から6年生と、中学校1年生から3年生に無記名の自記式質問紙を配布し、自宅で保護者とともに記入したものを回収しました。
    ※対象は、2016年に、石川県の小学校3校と中学校3校の児童1718名とその保護者、2017年に、栃木県の小学校3校と中学校2校の児童1,852名とその保護者)
    ※アンケート調査票は、ISAAC調査票からの質問とオリジナルの食物アレルギー・口腔アレルギーに関する質問41問と、母親の妊娠期と子どもの乳児期の生活習慣または環境に関する質問など50問の2部構成で、合計91問でした。
     「記述統計」と「カイ二乗検定」、または「フィッシャーの正確検定」を適宜用いて評価しました。多変量ロジスティック回帰分析を行い、小中学生の湿疹(アトピー性皮膚炎)、アレルギー性鼻炎、喘息の発症と、乳児期(生後12カ月未満)の食器の共有および親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液接触との独立した関連性を評価しました。
     
  3. 研究結果
     有効回答率は94.7%でした。子どもの平均年齢と中央値は、それぞれ10.8±2.7歳と11歳(四分位範囲9~13歳)でした。乳児期の食器共有による唾液接触は、学齢期の湿疹発症リスクの低下と有意に関連していました(オッズ比[OR] 0.53; 95%信頼区間[CI] 0.34-0.83)。母親のアレルギー歴、妊娠中の母親の喫煙、親の口腔感染症の知識で調整した後も有意な関連が認められました(OR 0.52; 95% CI 0.32-0.84)。乳児期の親の唾液によるおしゃぶりの洗浄を介した唾液の接触は、学齢期の湿疹(アトピー性皮膚炎)(OR 0.24; 95% CI 0.10-0.60)とアレルギー性鼻炎(OR 0.33; 95% CI 0.15-0.73)の発症リスクの低下と有意に関連し、同様の因子で調整後も有意な関連が示唆されました(湿疹:OR 0.35; 95% CI 0.13-0.91、アレルギー性鼻炎:OR 0.32; 95% CI 0.14-0.72)。親の唾液によるおしゃぶりの洗浄と学齢期の喘息については、今回はっきりとした有意差は見られませんでしたが、発症リスク低下の可能性が示唆されました(調整後OR 0.17; 95% CI 0.02-1.31)。
     
  4. 今回の結果から考えられること
     
    乳児期の親から子への唾液接触の行為は、現在、日本においては、口腔衛生学的な見地などから、減少しています。今回の疫学調査では、乳児期の唾液接触としての食器の共用や、親の唾液により洗浄したおしゃぶりの使用による学齢期の湿疹(アトピー性皮膚炎)とアレルギー性鼻炎の発症リスク低下の可能性が考えられます。アレルギー発症リスク低減のメカニズムを明らかにし、これらの知見を小児の湿疹(アトピー性皮膚炎)やアレルギー性鼻炎、喘息の発症予防に応用する方法について、さらなる研究が必要であると考えています。

このことから、虫歯菌の感染予防の観点からすると、子育て期間中、特に乳幼児期にあたる両親は自身の虫歯治療をしっかりして、虫歯菌の減少を図っておくことが肝要に思われます。また、子どもに関しては砂糖の多い菓子などの食品は、決めた時間に決まった量を与えるなどの工夫や生活のメリハリや色取りとして与えるようにするなど制限するなどが必要かと思われます。

参考文献

1)Yoshimi Kubo, DDS, PhD et. al.:Saliva contact during infancy and allergy development in school-age children, J. Allergy Clin Immunol Global, 2(3):101-108, 2023.

二子玉川ステーションビル矯正・歯科

小児歯科担当 髙見澤 豊